2/13/2017

『性女伝』 いそのえいたろう


『性女伝』 いそのえいたろう
(徳間書店)

いそのえいたろうによる性伝シリーズの一冊。
シリーズすべてを揃えた記念に再読。

この『性女伝』はわたしのバイブル。
女という生き物の、とても正直な部分が、
性を通して描かれている。

いその氏が選びインタビューした
七人の性女(うちひとりはニューハーフ)たち。

彼女たちによって語られる性は、
ひとりひとりが背負っている生の証であり記録でもある。
とても深く、ときには痛々しいほど、
「生きている」と感じさせる。

恵まれているとはとても言えない生い立ちから、
自らの力で立ち上がり、
「女として」生き抜こうとする様に
感動なんて軽々しい言葉は似合わない。

性女たちのなかでもわたしが敬愛するのは、
アダルトショップの女店長と
性感の昇天菩薩のふたり。

彼女たちの言葉はまるでわたしの口から出たかのような、
そんな錯覚を起こさせる。
これほどまでにおなじ感性をもつ女性は初めて。

ごく一部の男性作家が描く女性像には
自分の感性と一致するのを感じられるけれど、
女性作家の作品を読んでも
自分とは全く違う生き物にしか思えず、
女性作家が苦手で仕方がないというのに…
こんなところに感性の合う女性がいたなんて。

この性女ふたりの共通点は、前向きであること。
性を、生をたのしみ謳歌していること。
男が好きでたまらない、
男という生き物を愛しているということ。
女であることによろこびを感じていること。

前向きな姿勢の根底にあるのは、
ふたりの責任感の強さ。
自分で選択し、決断し、行動している。
幸、不幸の決定権を自ら引き受け、
自分自身に軸をおいているからか、ぶれがない。
自立心と呼んでもいいかもしれない。

まっすぐひたむきに性と向き合うことは、
生とまっすぐに向き合うこと。
それは自分自身と向き合い、
関わる他者と本音で向き合うことでもある。

男を愛するということは、
女になるということではないかと思う。
男という生き物を愛することで、
自分は女なのだと自覚するから。

このふたりの育った環境については
男(父親)に恵まれているとは言えないのに、
男をここまで信頼し愛することが出来るというのは、
本人たちの心の持ち方によるものだと思う。

わたしが女性作家の小説を読んでいて
合わないと感じる一番の原因は、
多くの小説で男性性や女性性の否定を感じるから。

男性に対する嫌悪感はそのまま
自らがもつ女性性の否定にも繋がる。
男性を否定的にとらえる女性は、
女であることにも嫌悪感をもつことが多いように感じる。

その点にわたしは敏感に反応するから、
結果としてほとんどの女性作家の作品を読めないし、
読んでも高確率で疲労する。

わたし自身は男性のことがほんとうに好きだから、
否定されているのを見ると悲しくて仕方がない。

男はほんとうに素直でまっすぐで可愛い。
それなのに批判の対象になっていることが多く、
本来、女が自分で背負うべき責任さえも、
無理矢理押しつけられているように感じる。

男を愛することや男に愛されることを
純粋によろこび受けとめている彼女たちは、
とても明るく清々しく爽やか。

わたしは女であることに対するこだわりが
人一倍強いと自分でも自覚しているから、
女であることをまっすぐにたのしんでいる
彼女たちの言葉はとても心地よく響いた。

女として生まれたからには女として生きたいし、
女であることをたのしみたい。
男を愛することも男から愛されることも
とても美しくて尊いもの。

わたしが大切に思っていることを
迷うことなく行動で示す生き様はすばらしいし、
そのうえで結果も出している。

だからふたりのことが好き。大好き。
いつ読んでも元気をもらえる。

わたしもこんな女になりたいし、
こんな女でありたい。


*****


性女伝 (徳間文庫)
性女伝 (徳間文庫)

いその氏の前書きはいつも素晴らしいし、
アダルトショップ女店長と性感の昇天菩薩は
名言の宝庫だと思う。

引用は一部だけにとどめておいたけれど、
章ごとすべて、暗記したいくらい。

取材から執筆を経て終始まとわりついたものは、何か。
それは、性は偉大であるということである。
(p.8)
私、セックス依存症だとおもっているんです。誰かいないとダメ。もう生きてゆく勇気が出ない。セックスだけがいいというんじゃなく、そばに男がいてくれると、とってもやさしい気持ちになれるんです。とくに男の人に抱かれていると、すごく落ち着くし、もうなにもかも捧げてしまいたくなってくるんです。
(p.12)
淫乱というんじゃなくて、メスという生き物が、オスを必要としているんでしょうか。
(p.12)
抱かれる行為って、男の中に埋没している、あの息苦しいけど包容力の中にうずくまってるって感じがたまらなく素敵なんです。
(p.12)
男臭くて包容力があればいいんです。
(p.12)
私の中に、男を呼びつける百匹の蛇みたいなものが、棲みついているのかしら。でも、そういう百匹の蛇って、私、大好き。
エッチって一種の精神安定剤ですからね。
(p.13)
やさしさとか、甘えるというのが、セックスの中に一杯つまっているんです。
(p.24)
セックスって、人を分かる方法なんだとおもう。体で仲よくなって、好みが合うとなんだか距離感がなくなって、同じ飲み物、食べ物も平気で口に出来るし、一番、本音に近づけるんじゃないかしら。
(p.25)
男はセックスを目の前にした時、一番やさしさをみせるということでしょうか。
私が抱かれる時が一番好き、というのは、その男の最大限のやさしさに出会うためなのかもしれないとおもうんです。
(p.31)
エッチが目的だけど、そこへ行きつくまでの男のやさしさやぬくもりは、それはそれは最高です。セックスそのものよりも本当のやさしさに、一番憧れているのかもしれない。
(p.32)
わたしにとっての性の悦びは、男の人が淫らに悶えてくれる、その表情、声、そして息遣い、波動のすべてなのです。
(p.173)
男臭い匂い、汗、そしていじらしいほどの嗚咽と時にはすすり泣き。男の人の放出の瞬間が一番、好き。この宇宙よりも、ひたむきで淫らで美しいと思います。
(p.178)
相手が感じる時、わたしも感じてしまうのです。
これが、私自身の正直な性向です。
(p.178)



1/10/2017

“The Bell Jar” Sylvia Plath


“The Bell Jar” Sylvia Plath
(Harper Perenial Modern Classics)

シルヴィア・プラス『ベル・ジャー』原書。

わたしと世界との間には、
薄くて割れない硝子の壁がある。
時の流れも温度も、何もかもが違っている。

その少しのずれが、わたしを狂わせる。

吐き出した息だけが充満した
この透明で小さな空間は、
少しずつ、確実に、わたしを窒息させていく。

ここから出られないし、
その壁を壊すことも出来ない。

閉じ込められている。
けれど、まもられてもいる。

ここから出たい。
けれど、出たらきっと生きていけない。

そんな気がする。

美しいものだけを生み出したい。
醜いものを吐き出したくはない。

それなのに、この狭いベル・ジャーのなか、
こうして窒息していくわたしは、
死へと向かって転がり落ちていくわたしは、
それを止められないわたしは、
一体、何を吐き出しているのだろう。

世界は美しくて、穢くて、
わたしが飛び込むことをゆるされる
ほんの小さな隙間さえ、
どこにも残されていないのだ。

硝子で囲まれたこの小さな空間で
必死に両手を伸ばして、
何かをつかもうともがきながら、
その手は虚しく宙を舞う。

繰り返される失望が絶望へと変わる。

この硝子の壁を壊せないなら
自分を壊すしかない。

いつか、わたし自身の手で。


*****


The Bell Jar (Modern Classics)
The Bell Jar (Modern Classics)

2016年の読み納めの一冊。
夏の課題図書にしたのに
読み終わったのは年末。

ほんとうにゆっくり。

I don't like~. という文章が出てくるたびに
読んでいてしんどくなったりして、
予定より時間がかかってしまった。

マイナスな思考に触れると疲れてしまう。
もういいから黙って、と何度思ったことか。

読む手が止まるたび、
シルヴィアの詩集『Ariel』所収の
「Tulips」という詩を思い出した。

この詩を読みながら、

文句ばかり言う女だな
性格悪すぎ
これじゃあ夫に浮気されて当然
こんな女の詩なんか読むのやめれば?

と呆れを通り越して怒りだしてしまった、
当時の恋人のことも思い出した。

挙げ句の果てにはシルヴィアのことを
bitchとまで言い放っていたような記憶が…

言いたいことはよくわかる。
わたしが男なら、言い方は控えめにして
似たようなことを言いそうだから。

好きではないもの
苦手なもの
嫌いなもの
それらを目にして、感じて生きること。

生きづらさの先にあるもの。

それが何かを知ったうえで読むのは
鋭い痛みを伴うもので、
わたしはその痛みに耐えられなかった。


The Bell Jar (FF Classics) (English Edition)
The Bell Jar (FF Classics) (English Edition)

この50周年記念版は、
かなり批判されていた記憶が。

こんな表紙じゃ誤解を生む
という意見が多くて、
わたしもその意見には同意。


ベル・ジャー (Modern&Classic)
ベル・ジャー (Modern&Classic)

邦訳は読んでいないけれど、
この表紙を見ただけでかなしくなる。

内容には一番合っているかもしれない。


The Bell Jar
The Bell Jar

原書で手に入りやすいのはこのタイプ。

でも、わたしがもっている、
サガン『悲しみよこんにちは』英訳と
デザインがそっくりという…

だからこれは買わなかった。
じっと見られるのも苦手だから。

原書はデザインがいろいろあるので、
自分にぴったりのものをさがす楽しみがある。

でもネットの洋書古書だと、
買ったら全然違うデザインのものが
届くこともあるから要注意。


12/16/2016

「酔っぱらいのミミ」 エイミー・ベンダー


「酔っぱらいのミミ」 エイミー・ベンダー
短篇集『燃えるスカートの少女』より
“Drunken Mimi” from “The Girl in the Flammable Skirt” Aimee Bender
(菅啓二朗 訳 ・ 角川文庫)

何度目かの再読。

小鬼と人魚の小さな恋は、
不器用だからこそ可愛い。

相手のことなんて何もわからなくて、
どうしたらいいかも考えつかなくて。

でも誰よりも素直だから、
ただ言われたとおりに触れる。
誰よりも愛しいから、
大切な髪に触れてもらう。

ただそれだけなのに、
ただそれだけだからこそ、可愛い。
可愛くて可愛くて仕方がない。

どんなにおしゃべりで鈍感でも、
誰も気づかなかったことに気づいた小鬼は、
ちゃんと、人魚のことを見てる。

どんなに外していたって、
一番大事なことは外していない。

可愛くてたまらないから、
思わず口に指をあてて、
しーってしたくなる。

泡が小さく弾ける音が
ちゃんときこえるように。

人魚の愛ややさしさが、
泡のなかにたくさん詰まってる。

小鬼はちゃんとその音をきいたし、
その香りをかいだ。
大事なことは何ひとつ外さず、
全部、気づいて受けとってくれた。

だから好き。
小鬼のことも、
そんな小鬼を好きな人魚のことも。


*****



この短篇集のなかの話はどれも
可愛くて不思議で好きだけれど、
「酔っぱらいのミミ」が一番好き。

小鬼がね、そっくり。
誰にかは秘密。

彼女の紫の目はいっそう紫になり、彼は花の匂いをかいだ気がした。
(p.150)



11/16/2016

「雲山」 中上健次


「雲山」 中上健次
短篇集『蛇淫』より
(角川文庫)

再読。
夏の太陽が朽ちてゆく季節に、
海からの夜風を感じながら。

読まずにはいられなかった。
夜道にたちこめた潮の香りが
記憶の断片をひとつずつ揺らしていた。

眩暈がした。

息を吸い込むたびに呼び起こされる
途切れがちな記憶と名前のない感情。

記憶が回りつづけるように、
夜道を歩くわたしの足どりも
定まらないまま彷徨いつづけて、
何処から来て何処へ向かっていくのかも
わからないまま頭だけが熱かった。

路地に迷い込んで出口をなくしたこの感情が、
荒れ狂って乱れてぶつかって、
砕け散ってしまえばいいのにと思う。

崖から蹴り落とされ海に消えるのは
妻でも娘でも記憶でもない。
怒り狂った海へと真っ逆さまにおちてゆくのは、
消えない呪いを全身に滾らせたこの男だろう。

読む度に鼓動が速くなる。
頭が痺れる。
全身の毛が逆立つような感覚がある。

言葉にならない感情が出口を捜しているのがわかる。
身体を突き破りそうになる。

わたしは一体何を抑えているのだろう。
何がそんなにこわいのだろう。


*****


蛇淫 (講談社文芸文庫)
蛇淫 (講談社文芸文庫)

読んでから数か月経った今、
あのときの夜風のことを思い出す。

肌にべったりとまとわりついて、
皮膚が呼吸出来なくなりそうな夜だった。

でもそんな感覚が好きで。

駅のホームでページを捲って、
涙が止まらなくて、
読みながら、
波が夜の闇に砕け散る音を聴いた気がした。

白い波は、花にみえた。ゆっくりと、息をする腹のように海は、うごく。娘に、この息をする海を、しっかり記憶させてやりたかった。これが、海だ。
(p.171)
海はうごく。波が起きあがり、崩れる。また崩れる。沖が、遠くまで見渡せた。彼は、立っていた。海も波も、一切合財、嘘の気がした。日がまぶしかった。
(p.183)
いま、娘が、温りなどなく、海の水のように冷たくなっている気がした。三歳にまだならない娘が、誰よりも先に、海に溶けてしまう気が、彼はした。
(p.184)
日が、あっけらかんと、空の真中にあった。何事も起こるはずがないと、タカをくくっている。それは日ではなく、破れ穴だ。そこから、光は、そそいだ。海に当る。人間など、死んでも生きても変わることのない虫けらだ、と思った。
(p.188)
彼は娘を抱きしめた。娘の髪は、汗のにおいがした。枯草のにおいだった。
(p.188)
彼は、娘の頭を撫ぜた。娘は、頭をゆすった。おれを、この娘は、記憶していてくれるだろうか、と彼は、思った。
(p.189)


10/29/2016

『回転ドアは、順番に』 穗村弘 東直子


『回転ドアは、順番に』 穗村弘 東直子
(ちくま文庫)

わたしたちはまわり続ける。
きもちも恋も、命もめぐる。

一度動き出した感情は
止まることを知らなくて、
時間を追い越して駆け足で向かってゆく。

身体をなくしていつか息絶えてしまっても、
あの日あのとき芽生えた感情は
わたしたちが消えてしまったあとでさえ、
ずっと、ずっと、生き続ける。

何度でもまわって、めぐって、
両手ですくい上げる。

だからわたしたちがいつかまた出逢うまで、
どうか待っていて。

あの手からこぼれた光を
どうかおぼえていて。

ふたりで触れたあのぬくもりを
どうか忘れないでいて。

可愛くて切なくてあたたかい。
大好き。
きっと何度でも読む。


*****


回転ドアは、順番に (ちくま文庫)
回転ドアは、順番に (ちくま文庫)

眩しくて 何も言わないゆびさきに触れる理由を考えていた
(p.21)
花ひとつ光においてながいながい昼寝のためにくちづけている
(p.36)
膝たててふたりは座る真夜中のきれいなそらにしみこむように
(p.52)
隕石で手をあたためていましたがこぼれてしまうこれはなんなの
(p.60)
隕石のひかりまみれの手で抱けばきみはささやくこれはなんなの
(p.61)
(床にやわらかい光が反射するように)
くちびるでなぞるかたちのあたたかさ闇へと水が落ちてゆく音
(p.74)
イニシャルのかけらがわたしの足許におちていた。
わたしはそれを拾った。
ふりかえると、空が白く遠ざかっていった。
(p.139)
わたしたちの身体は、どのくらい同じ時間をすごしたのだっけ。
わたしたちを動かしていたものは、なんだったのかな。
(p.169)
いちどあなたの身体にふれたものは、あなたのにおいが消えないね。
(p.169)

10/02/2016

『モンス・デジデリオ画集』 谷川渥


『モンス・デジデリオ画集』 谷川渥
(エディシオントレヴィル)
2012/4/13 読了

山尾悠子の小説のあとがきで
名前が挙げられていたモンス・デジデリオ。

彼女の作品で描かれていた、
音もなく崩れ落ちる、
神の息によって創造されたかのような
あの幻想世界をヴィジュアルとして感じたくて、
この画集を手に取った。

聖書を題材にした世界観はどれも、
黒と黄金色を基調とした
崩壊とカタストロフィの瞬間をとらえたものばかり。

人間の力の及ばない神の絶対的存在と、
廃墟と化していく幻想建築。

崩壊とカタストロフィというテーマの
重苦しさに押し潰されそうになりながらも、
終末を予告する絵画の世界に引きずり込まれる。


*****


モンス・デジデリオ画集 (E.T.Classics)
モンス・デジデリオ画集 (E.T.Classics)

わたしが書物というものに衝撃を受けたのは、
フォークナーの原書を偶然手にとったとき。

それから数年経って、
やっと読書を始めると決めて、
最初の一冊に選んだのは山尾悠子『ラピスラズリ』。

ちょうど文庫の予約が始まっていたとき。
当時のわたしは何も知らず、
何もわからず、
ただ自分の勘だけを頼りに山尾悠子を選んだ。
彼女のプロフィールを読んで、
絶対に合う、好きになると確信したから。

読み終わって、驚いて、
あまりの美しさにため息が漏れて。
この世界観に違うアプローチで触れたいと願った。

そんな理由で手にとったモンス・デジデリオの画集。

わたしが読書を始めたばかりの、
新しい世界を知ったときの、
想い出の画集。


9/12/2016

“The Lover” Marguerite Duras


“The Lover” Marguerite Duras
“L'Amant” Marguerite Duras
(Barbara Bray 訳 ・ Pantheon Books)

マルグリット・デュラス『愛人 ラマン』
今回は英訳で再読。

一生忘れることはないと思う。
少女という無垢で残酷な姿で、
愛とも狂気とも名付けえぬ感情を
抱いていた日々のことを。

終わりを迎えたあの瞬間、
懐かしさに目を細めて
揺れる水面をただ見つめていた。
それは言葉が流れるように
記憶が流れていくさまだった。

いつか終わりがくることは
初めからわかっていたし、
それでも永遠に続く運命だと知っていた。

肉体をもって反抗し、
さみしさを重ね合わせる。
互いのなかに見つけた自身の姿を
慰めることさえ出来なかった。

年齢も人種も家柄も異なっているのに、
必要としているものは一緒だった。
欠けているものさえも。
だから何度身体を重ねても埋まらなかった。

繋がって、消えて、生まれる。
けれどわたしには見えなかった。
見ようともしなかった。
ただ、こわかった。

それが見えたとき、
気づいてしまったとき、
わたしは老いたのだ。

残酷な光を永遠に葬って、
すべてをあの河に捧げたとき、
わたしのなかの少女は
最初で最後の涙を流して
わたしのまえからいなくなってしまった。


*****


The Lover
The Lover

湿度の高い南国での日々も、
人種の違う男との肉体関係も、
母との確執も、
書くということへの想いも。

自分の過去とぴったりと重なる。

台詞までおなじ。
ベッドではわたしをwhore、slutと言い、
my only loveとも呼んだ。
弱く繊細すぎるひとだった。

わたしも家では泣かなかった。
そんな偶然は切ない。

読んでいたらその彼から
久しぶりに連絡がきた。

忘れられない。
いつも考えている、
きみのことも、きみの家族のことも。
ぼくはどうしてもっとうまく
きみのことを愛さなかったのだろう。

過去はいつだって美しい。
美しさを喪うまえに葬ってしまうから。

小説の世界と現実が重なる。

He calls me a whore, a slut, he says I'm his only love, and that's what he ought to say, and what you do say when you just let things say themselves, when you let the body alone, to seek and find and take what it likes, and then everything is right, and nothing's wasted, the waste is covered over and all is swept away in the torrent, in the force of desire.
(p.43)
Kisses on the body bring tears. Almost like a consolation. At home I don't cry. But that day in that room, tears console both for the past and for the future.
(p.46)
And then he told her. Told her that it was as before, that he still loved her, he could never stop loving her, that he'd love her until death.
(p.117)



8/16/2016

『マチュピチュの頂』 パブロ・ネルーダ


『マチュピチュの頂』 パブロ・ネルーダ
“Alturas de Macchu Picchu” Pablo Neruda
(野谷文昭 訳 ・ 書肆山田)
2013/10/13 読了

詩集『大いなる歌』に収められた
ネルーダの長篇詩の邦訳。

ゲリラ戦を闘うチェ・ゲバラが、
夜毎、兵士に読んでやっていたと
後書きにあるとおり、
先に読了した病床の詩
『2000年』と比較して非常に力強い。

コンドルが舞う大空に限りなく近い、
マチュピチュの頂から見下ろす大地への愛。
死者を踏みつけて生きる者への怒り。
人々を虐げ盲いさせる力への反抗。

征服に屈することのない暴力的な自然を讃え、
紡ぎ出した言葉を失われた帝国の石の重みで踏み固め、
身が朽ち果てても永遠に残る叫びは、
太陽神が放つ光の矢の如く尊く猛々しく肌に突き刺さる。


*****


マチュピチュの頂
マチュピチュの頂

読んだのはもう何年も前のこと。
今読めばまた違う言葉が響くだろうし、
それによって、また過去とは違う
新しいわたしに出逢えるだろう。

でも、小説も詩も原文で読んでこそ。
その想いが強まるばかりでは、
再読には簡単に踏み切れない。

スペイン語と英語の対訳ならまだ
読む気になるのだけれど…


7/30/2016

“The Quotable Anaïs Nin: 365 Quotations with Citations”


“The Quotable Anaïs Nin: 365 Quotations with Citations”
(Sky Blue Press)

アナイス・ニンの日記と小説から
テーマごとに選ばれた365の引用たち。

選ばれた言葉のひとつひとつから
拡がってゆく世界は果てしない。

言葉の意味なんて、
わたしにはとてもつかめなくて、
あふれ流れてくる情熱に
身をゆだねるだけで精いっぱいだった。

息もできないほど深く、
心の奥の最下層へと、
無意識の世界へと、
アナイスはたやすく泳いでゆく。

彼女はあらゆる場所にいる。

アナイスの言葉に
共鳴するときの感覚だけで、
生きていけるかもしれない。
それくらい強い魔力をもっている。

そのたびに身体の奥で何かが目覚めて、
わたしというヴェールが
一枚ずつ剥がされるようで、
わたしはこうしてわたしになってゆくのだと
陶酔に似た気持ちで追いかけた。

肌は濡れてひんやりしているのに、
内側から熱を帯びているのがわかった。

どの引用もすばらしかったけれど、
日記なら“Diary2”と“Diary5”
小説なら“Henry and June”が好き。

読みながらふと、
アナイスという女性には
限界など存在しないのではと思った。


*****


The Quotable Anais Nin: 365 Quotations with Citations
The Quotable Anais Nin: 365 Quotations with Citations

去年の年末に発売されてすぐに購入。

365の引用なので一日ひとつ、
今年一年かけてゆっくりと読むはずが…
半年ほどで読了してしまった。

小説や長期にわたって書かれた日記から
自分に必要なものを見つけるうえで
最高の一冊になった。

これで日記を読んでいける。


7/20/2016

『近親相姦の家』 アナイス・ニン ②


『近親相姦の家』 アナイス・ニン
“House of Incest” Anaïs Nin
(木村淳子 訳 ・ 鳥影社)

再読。

意識の底へと沈み込む。
堕ちてゆくほどに懐かしさを覚える。
本来のわたしが解放される、唯一の場所。

わたしは意識の奥深く、
遠い昔、尊い智慧を秘めたまま沈んだ
あの水中都市で生まれた。

すべてが朽ち果て失われても、
記憶は血のなかに刻み込まれている。
無意識へと近づくにつれ、鼓動は速くなる。
記憶は鮮明になる。

わたしは自由になりたい。
わたしを縛りつけるすべてのものから。
無限に広がる世界でなければ息もできない。

そして取り戻したい。
本来の呼吸の仕方を。
水に溶けてあらゆる場所へ行きたい。
愛しいひとのなかへと潜り込みたい。

愛しいひとのなかに見つけたわたし。
わたしが愛しているのは他者か、
他者に溶け込んだわたしか。

他者を愛することでしか
己を愛せないのなら、
わたしはいつまでもこの海のなかに沈んでいたい。
海底で小さく光り輝くあの星になりたい。
この想いを結晶化した鉱石になりたい。

そしてそのまま燃え尽きてしまえたら。


*****


近親相姦の家 (アナイス・ニンコレクション (2))

基本的に邦訳は苦手なのに、
この邦訳は好き、と言える。

唯一残念な点は、
原書では、アナイスの世界を視覚化した
Val Telbergのフォトモンタージュが
アナイスの言葉と一体化していたけれど、
邦訳には全く収録されていないということ。

太陽選書が1969年に邦訳し出版したものを
古本市で見かけたことがあるけれど、
それには原書同様、
フォトモンタージュが収録されていた。

このアナイス・ニンコレクションにも
フォトモンタージュを!と願うばかり。

写真のことはよくわからない、
そんなわたしでも
このフォトモンタージュの美しさには
時の流れも呼吸をするのも
忘れてしまいそうになるほどだから。

ほんとうに美しい。
写真も、アナイス自身も。

ものを書く人は書くことの意味を知っている。心臓を吐き出しながらわたしはそのことを考えた。
(p.9)
わたしはわたしの愛が死ぬのを待つことはできない。
(p.11)
わたしは海のカーテンをすかして物を見る人間の末裔だ。わたしの眼は水の色をしている。
(p.14) 
あなたの美しさにわたしは溺れる。わたしの芯が溺れる。あなたの美しさがわたしを焦がすとき、男のまえでは溶けることのなかったわたしの芯が溶ける。
(p.27)
イメージは、オーガズムの甘やかな痛みの破裂に似た、魂の崩壊をもたらす。イメージが血液を無闇やたらに走らせて、危険な歓びを見張る知性はもう役にたたない。現実は溺れて、空想がこの日を窒息させる。
(p.38)
わたしの想像力には裂目があり、たえず狂気が流れ入る。
(p.45)
世界はわたしには狭すぎる。
(p.49)